米国のギタリスト、
グラント・グリーンのアルバム「
フィーリン・ザ・スピリット/
グラント・グリーン」を紹介します。
1961年にグリーンは無名の新人ながら社長のアルフレッド・ライオンに認められ、ブルーノート・レコード専属でデビューします。玄人受けは良かったようで、1962年には音楽雑誌ダウン・ビートにおいて新人賞に輝きます。そんなグリーンの一般的な人気を上げようと、ブルーノートは1962年からコンセプト・アルバムを作らせていくのですが、本作はそんなアルバムの1枚です。
本作のコンセプトは、スピリチュアル、つまり黒人霊歌を演奏する事です。
黒人霊歌というとゴスペルと思われる方も居るかもしれませんが、ゴスペルは20世紀に入ってから作られたポピュラー・ソング的な賛美歌を指し、19世紀以前の黒人奴隷達が歌い継いだものがスピリチュアル=黒人霊歌です。
奴隷達は何故かキリスト教を信仰する事が推奨され、キリスト教の集会を開く事も許可されていました。そこで賛美歌を歌う訳ですが、奴隷達は次第にオリジナルの賛美歌を生み出して歌う様に成ります。しかしそれは賛美歌の体を成してはいますが、実際は救いの無い奴隷生活の辛さ、苦しさを歌った恨み節なのです。
恨み節ながら、スピリチュアルはポピュラー音楽の土台と成ったものであり、それをグリーンが最高にゴキゲンに仕上げています。
グリーンが、というか、本作のアレンジはピアノのハービー・ハンコックに寄るものだと思われます。ハンコックもブルーノートからデビューしたばかりでしたが、スピリチュアルの名曲達をR&Bテイストに見事に生まれ変わらせています。
他のメンバーは、ブッチ・ウォーレン(ベース)、ビリー・ヒギンズ(ドラムス)、ガーヴィン・マッソー(タンバリン)と、グリーン以下全員がブルーノートの若手スタジオ・ミュージシャンといえる面々です。
「ジャスト・ア・クローサー・ウォーク・ウィズ・ジー」スローでしっとりと歌われる事も多いこの曲を、アップテンポで底抜けに明るく演奏しています。
フレーズの繰り返しを多用しながらスウィングしまくるグリーンも最高ですが、リフでリズムをキープしているようでグリーンの即興演奏に自在に相の手を入れてみせるハンコックが見事です。ソロでもハンコックは、グリーンに負けない美味しいフレーズを連発しています。
「ジェリコの戦い」日本でも合唱曲として浸透している曲を、固定のリズム・パターンで格好良く演奏しています。グリーンはじっくりと考えながらフレーズを選んで弾いている、という感じのソロですが、それが何れも最高にスウィングしています。そして最高潮でのフレーズの繰り返し、気持ち良過ぎです。
ハンコックがグリーンに習ってフレーズの繰り返しを多用しているのも聴きものです。
「ノーバディ・ノウズ・ザ・トラブル・アイヴ・シーン」誰も知らない私の苦しみ、という何とも絶望的に暗い歌なのですが、ちょっとメロウなブルースという感じにスローで軽やかに演奏しています。
遅いテンポで、普段からじっくりと演奏するグリーンがさらにじっくりと選び出すフレーズは、前もって譜面に書かれていたかの様にハマっています。ハンコックとのコール・アンド・レスポンスも完璧に決まっています。
「ゴー・ダウン・モーゼス」スピリチュアルで一番人気の題材といえば、エジプトからヘブライ人を解放したモーゼです。そのモーゼがファラオにヘブライ人の解放を訴えに行く様を歌にした、スピリチュアルのクライマックスといえる曲、という事で最高に格好良く仕上がっています。
グリーンが意外とメカニカルな熱いソロを取った後に登場するハンコックのソロが最高です。ピアノ版グラント・グリーンといいたい位、リーダーの手法を見事に引き継いでソロを展開しています。
そのハンコックの名演に続くグリーンの2度目のソロが、これまた最高に格好良く気持ち良い、一世一代の名演です。
「時には母のない子のように」前曲の興奮に続いて、どっしりと落ち着いたミディアム・スローの演奏です。グリーンはテーマを元に、短いフレーズで切り裂く様に興奮を高めて行きます。特に最後にテーマ再演に戻る直前の最高潮具合は鳥肌ものです。
この曲といえばジョージ・ガーシュウィンのオペラ「ポーギーとベス」の「サマータイム」の原曲としても知られますが、ハンコックはソロで敢えて同オペラの「そんなことはどうでもいいさ」を引用するという心憎さ。当時まだ22歳だったとは思えません。
リアルタイムでいえば、若者達が伝承歌を現代風にアレンジしたアルバム、という事になるのでしょうが、若さよりも巧さと格好良さが光る名盤です。