米国のグループ、
セルジオ・メンデス&ブラジル’66のアルバム「
マシュ・ケ・ナダ/
セルジオ・メンデスとブラジル’66」を紹介します。
グループのデビュー作にして、ブラジルから米国へと移住していたピアニスト、セルジオ・メンデスの名声を確立した大ヒット作です。
メンデスは、所謂ボサノヴァのミュージシャンとして知られていますが、実は10代の頃からブラジルで米国の音楽であるジャズを演奏していたのです。その腕前は結構知れ渡っていた様で、ブラジルへ来た米国のジャズ・ミュージシャンと度々共演し、また、既に米国でも注目されていたボサノヴァ・ミュージシャンとジャズ・ミュージシャンの橋渡し役を務めていました。
1960年代初めに米国でボサノヴァ・ブームが起こり、メンデスも米国でのコンサートに参加したりキャノンボール・アダレイとの共演盤を録音したりしますが、それはブラジル人なのに本格的なジャズを演奏する人という立ち位置でした。
1964年に軍事政権を避ける様に(というか、米国のミュージシャンと共演していたボサノヴァ・ミュージシャン達は売国奴扱いされていたらしいです)米国へ移住し、メンデスはジャズを基盤にボサノヴァに挑戦しますが、思うように売れる事はありませんでした。
そんなメンデスがA&Mレコードに移籍する事に成りました。当時のA&Mは社長のハーブ・アルパートのレコード専用といって良い程の小規模な会社で、レコード・レーベルとして発展していく為にメンデスを大々的に売り出す事にした様です。
そこでアルパートは、スターである自分の全面サポート(アルバムの原題は「HERB ALPERT PRESENTS」)を交換条件に、メンデスにジャズからポップスへの方向転換をさせます。女声2人をリード・ヴォーカルにした、英語のポップスを歌うグループを編成させたのです(というかメンバーはA&Mが集めたらしいです)。
そのグループが本作でデビューしたブラジル’66です。
メンバーはメンデス(キーボード、バッキング・ヴォーカル)、ラニ・ホール(ヴォーカル)、ビビ・ヴォーゲル(ヴォーカル)、ボブ・マシューズ(ベース、バッキング・ヴォーカル)、ジョアン・パルマ(ドラムス)、ホセ・ソアレス(パーカッション、バッキング・ヴォーカル)です。ヴォーゲルは本作の発売前後に脱退してしまい、ジャニス・ハンセンが替わりに加入して本作のプロモーション活動をしています。
曲は3分程にまとめられ、徹底的にポピュラー化がなされていますが、そこにメンデスのジャジーな感覚が加わり、大人なポップスに仕上がっています。
「マシュ・ケ・ナダ」ジョルジ・ベンのブラジルでの大ヒット曲のカヴァーですが、世界的にはこちらの方が知られています。メンデスのノリの良いピアノがサンバのリズムを刻み、女声2重唱(途中のソロはホール)によりリード・ヴォーカルが歌われます。
本作はボサノヴァとされていますが、力強いリズムとポップな歌唱はボサノヴァとは違う新たなポピュラー音楽といえます。
「ワン・ノート・サンバ/スパニッシュ・フリー」アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲とアルパートのヒット曲を合体させています。「ワン・ノート・サンバ」には即興的なメロディーをハミング(スキャット)するパートがあるのですが、そこを丸々「スパニッシュ・フリー」に置き換えてあります。
速いテンポでの引き締まった演奏は、このグループの力量の確かさを感じさせます。
「ザ・ジョーカー」ミュージカル「ドーランの叫び、観客の匂い」からの曲。冒頭からジャジーな感じで、全編に渡ってメンデスのピアノが活躍しています。抑揚の効いたアレンジ(メンデスによるもの)も最高です。
「君に夢中」リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズのカヴァー。リズムはラテン・ジャズといった感じですが、全体を漂う爽やかな感覚は来たるべき1970年代を思わせます。
「ティン・ドン・ドン」再びベンのカヴァー。リズムの形や旋律はボサノヴァですが、引き締まった演奏や力強い歌唱は違った印象を受けます。短いながらメンデスのピアノ・ソロもあります。
「
デイトリッパー」
ザ・ビートルズの大ヒット曲のカヴァー。ラテン・ジャズ・ロックといったノリで、オリジナルとは全く違った味わいに変貌させています。ここでもピアノ・ソロがありますが、ジャズなものでは無くラテンな展開をしているのも面白いです。
「おいしい水」再びジョビンの名曲で、本作で一番ボサノヴァな味わいの演奏です。中盤になかなか良い感じのトロンボーン・ソロがあるのですが、誰の演奏かクレジットされていないのが残念です。
「スロー・ホット・ウインド」ヘンリー・マンシーニのインストゥルメンタル曲に歌詞を付けたもので、ジョニー・ハートマンが初出と思われます。
打楽器にエコーを掛けるなどして、この曲の持つ気怠さ、異世界感を表現しています。メンデスがピアノに加えてハープシコード(たぶん)を弾いているのも良い感じです。
「がちょうのサンバ」ジョアン・ジルベルトのカヴァー。元々コミカルな曲ですが、速いテンポにも一糸乱れぬ女声ツイン・ヴォーカルがメカニカルな魅力を引き出しています。バックの緩い男声コーラスとの対比も面白いです。
「ビリンバウ」バーデン・パウエルのカヴァー。ロック・サンバといった感じのキレのあるリズム、ジャジーなハーモニーで最高に格好良い曲に仕上がっています。
ドラマティックながら3分程でアッサリと終わってしまいます。それはそれで良いのかもしれませんが、メンデスのピアノ・ソロから延々と展開して3倍くらいの長さは聴きたいところです。
発表から既に半世紀以上経っていますが、本作は少しも古さを感じさせない(つい最近もTVCMにタイトル曲が使われていますね)オシャレなアルバムです。